医療イラストのための「画面作り」

医療イラストを制作するとき、単に対象を正確に描くだけでは十分ではありません。

どこから見るのか、どこまで見せるのか、何を強調し、何を省略するのか。

こうした「画面作り」は、情報を正確かつ分かりやすく伝える医療イラストにとって重要な要素です。

ここでは、写真撮影で使われるアングル、画角、レンズ、フレーミングなどの考え方を参考にしながら、医療イラストにおける画面作りについて解説します。

1  アングル(Angle)を決める

どこから見た図にするか

「アングル」は角度や視点を意味し、写真や映像では、どこにカメラを置き、どの方向から被写体を撮影するかを表します。

上から見下ろす「ハイアングル」、下から見上げる「ローアングル」などが代表的な用語です。

通常の写真撮影では、撮影者自身が位置を移動しながら最適なアングルを探します。

一方、医学・医療イラストの場合は、必ずしも実際のカメラ位置を意味するわけではありません。術野、体表、臓器、解剖構造などを、何を最も分かりやすく見せられる方向に配置するかという意味でアングルを考えます。

同じ解剖構造でも、見る方向を少し変えるだけで、構造同士の重なり方や位置関係は大きく変わります。

そのため、制作の初期段階で「どこから見せるか」を決めることは非常に重要です。

心臓模型を45度ずつ回転して撮影したアングル比較
模型の心臓を45°ごとに回転して撮影

2  画角(Angle of View)とパース

「画角」とは、本来はカメラのレンズを通して撮影できる範囲を角度で表したものです。

対象との距離やレンズの焦点距離によって写る範囲が変わり、それに伴って遠近感などの「見え方」も変化します。

医療イラストの場合は、厳密な光学用語としてではなく、

「縦横の画面の中に、対象をどの範囲まで入れるか」

と考えると分かりやすいでしょう。

似た用語に「パースペクティブ(Perspective)」があります。

日本語では一般に「遠近法」や「透視図法」と呼ばれます。

医療イラストでは、建築図や工業製品のように透視図法そのものを厳密に使う場面はそれほど多くありません。しかし、医療器材、手術室、病室などの空間を表現するときには必要になる場合があります。

また、厳密な透視図法を使わなくても、

  • 手前と奥の大きさの違い
  • 構造同士の重なり
  • 奥行き
  • 立体感
  • 三次元的な位置関係

などの表現は、医療イラストにとって常に重要です。

つまり、透視図法を積極的に使う機会は少なくても、遠近感をどのように表現するかという考え方は欠かせません。

広角レンズと望遠レンズによる人物の見え方の違い
広角レンズ(左)と望遠レンズ(右)の違い
透視図法以外による遠近表現の例
透視図法以外での遠近表現のポイント

3  カメラのレンズと画角

医療イラストの制作では、資料となる画像をイラストレーター自身が撮影することがあります。

撮影にはシャッタースピード、絞り、ISO感度、照明、画角などについての基礎知識が必要です。

ここでは、その中から医療イラストの資料撮影にも関係する「レンズと画角」について説明します。

カメラのレンズは焦点距離によって、大きく

  • 広角
  • 標準
  • 中望遠
  • 望遠

などに分類されます。

また、小さなものを大きく撮影するための「マクロレンズ」もあります。

以下では、35mm判(フルサイズ)カメラを基準として、それぞれのおおよその特徴を紹介します。

広角レンズ(35mm程度以下)

広い範囲を画面に収めることができます。

対象との距離が短くても広い範囲を写せるため、狭い場所での撮影にも適しています。

被写体に近づいて撮影すると、手前のものが大きく、奥のものが小さく見えるため、遠近感が強調されます。

また、一般に焦点距離が短いレンズは手ブレの影響が目立ちにくいという特徴があります。

35mm以下を広角、20mm前後以下を超広角と呼ぶことが一般的です。

ただし、画面周辺では形が引き伸ばされたように見えることがあり、レンズによっては歪曲収差も生じます。

解剖構造や医療器具の形を正確に記録したい場合には注意が必要です。

標準レンズ(50mm前後)

比較的自然な遠近感で撮影できる焦点距離です。

フルサイズカメラでは50mm前後が標準レンズと呼ばれることが多く、

  • 対象の形を比較的自然に表現しやすい
  • 遠近感が極端になりにくい
  • 背景のボケも利用できる

といった特徴があります。

資料写真としても扱いやすい焦点距離です。

マクロレンズ(50~100mm前後など)

小さなものを大きく写すことを目的としたレンズです。

実物大、あるいはそれに近い倍率まで拡大して撮影できる製品もあります。

このような撮影を「接写」といいます。

肉眼では確認しにくい細かな構造や表面のテクスチャーを精密に記録できるため、標本や小型の医療器具などの資料撮影にも適しています。

一方、高倍率で接写すると被写界深度が非常に浅くなり、ピントの合う範囲が狭くなります。

中望遠レンズ(85mm前後)

対象を少し離れた位置から自然な形で撮影しやすいレンズです。

背景をぼかしやすく、対象を背景から分離して見せることができるため、ポートレート撮影にもよく使用されます。

人体の一部や人物を、極端な遠近感をつけずに記録したい場合にも使いやすい焦点距離です。

望遠レンズ(135mm以上など)

離れた場所にあるものを大きく撮影するためのレンズです。

狭い範囲を切り取るため、場合によっては被写体との距離を十分にとる必要があります。

撮影条件によっては背景を大きくぼかすことができ、対象を際立たせる表現が可能です。

また、遠く離れた被写体同士の距離が圧縮され、手前と奥が近づいて見えるような独特の遠近感を得ることができます。

広角・標準・マクロ・中望遠・望遠の交換レンズ
一眼レフカメラの画角別交換レンズ

4  人の目とカメラの違い

人の目とカメラには共通する部分がありますが、情報の認識方法は大きく異なります。

人の視覚には、例えば次のような特徴があります。

  • 見る対象に応じて眼球や頭部を絶えず動かしている
  • 明暗や色、立体感、動きなどを脳がリアルタイムに処理している
  • 左右の目から得られる情報によって奥行きを認識している
  • 視野全体を同じ解像度で見ているわけではない
  • 注視している中心部分ほど細部を認識しやすい

人間の両眼を合わせた視野は水平方向におよそ200°に達しますが、その全範囲を同じ精度で認識しているわけではありません。

おおまかには、

  • 2~5°程度:細部を凝視する範囲
  • 30~40°程度:注意を向けて見る範囲
  • 最大約200°:周辺まで含めた全体の視野

という違いがあります。

イラストは作者の目と手によって制作されるため、カメラによる撮影とは異なります。

しかし、制作過程で写真を撮影したり、資料写真を参考にしたりすることは非常に多く、構図、配置、奥行きなどの考え方には写真と共通する部分があります。

そして、イラストには写真にはない大きな利点があります。

写真では一度の撮影では実現できない複数の見え方を、一つの画面の中に組み合わせることができることです。

例えば、手前の構造は広角的に分かりやすく見せながら、奥の構造は圧縮して配置する、あるいは本来なら隠れてしまう構造を少し移動させて見せる、といった表現が可能です。

医学的な情報を正しく伝えるためであれば、現実のカメラで見たままを再現することが必ずしも最善とは限りません。

ヒトの目による視野と見え方のイメージ
ヒトの目による見え方(イメージ)
カメラで撮影したときの画角と見え方
カメラによる撮影画像

5  資料撮影が必要になる場面

5-1 標本・模型の撮影

標本や模型が適切に固定・管理されている場合は、一眼レフやミラーレスカメラ、マクロレンズなどを使い、三脚と照明を組み合わせて撮影することができます。

資料として使用する場合は、作品として美しく撮影すること以上に、

  • 必要な構造が確認できる
  • 形状が歪んでいない
  • 陰になっている部分が少ない
  • 必要な範囲にピントが合っている

ことが重要です。

骨格模型と膝軟骨模型を用いた制作資料
骨格模型(市販品)と膝軟骨(創作)
頭蓋骨標本を撮影した制作資料
頭蓋骨の標本(東洋人20代女性)

5-2 解剖の撮影

現在、手術室などでイラストレーター自身が撮影を担当する機会は少なくなっていると思いますが、解剖の取材などで撮影する機会はあるかもしれません。

私は過去に、一日に数時間にわたる解剖撮影を何度も担当した経験があります。

その経験から感じたのは、狭い術野や組織の間で適切なアングルを確保する場合、大型のカメラよりも、ボディが小さく片手で操作しやすいカメラの方が便利なことがあるということです。

また、組織が重なり合う場所では、どれだけ照明を工夫しても陰になる部分が生じます。

そのため、

  • 暗い環境でも撮影しやすい
  • 手ブレを抑えやすい
  • 暗部の情報を十分に記録できる

といった性能が重要になります。

照明については、剖出を行う人、撮影者とは別に照明を担当する人がいると撮影しやすくなります。

長時間使用する場合には、発熱の少ない照明機器が適しています。

鹿の脚を解剖している実習風景
鹿の脚の解剖(実習風景)
鹿の膝関節軟骨を観察している解剖実習
鹿の膝関節の軟骨の観察(解剖実習)

5-3 深度合成(フォーカススタッキング)

標本や小さな解剖構造を接写すると、ピントの合う範囲が非常に狭くなります。

しかし、医療イラストの資料として使う場合には、手前だけでなく、奥や周辺の構造にもピントが合っていてほしいことがあります。

そこで利用できるのが深度合成(フォーカススタッキング)です。

ピント位置を少しずつ変えながら複数枚を撮影し、それぞれのピントが合っている部分を合成して、広い範囲にピントの合った画像を作ります。

製品によっては、カメラ本体にフォーカスブラケット撮影や深度合成機能を備えたものもあります。

また、専用ソフトとして Helicon Focus なども利用されています。

医療イラストの資料写真では、写真作品のような大きな背景ボケよりも、必要な構造をできるだけ多く確認できることの方が重要な場合があります。

その意味でも、深度合成は有効な手段です。

通常撮影と深度合成によるピント範囲の比較
通常の撮影(左)と深度合成(右)

5-4 全身や運動の撮影

手術風景、看護、リハビリテーションなど、全身の体位や姿勢、動作の瞬間を記録する場合には、連写や動画撮影のできるカメラが便利です。

特に動作を描く場合、一枚の静止写真だけでは、

  • 動作の開始
  • 中間位置
  • 終了位置
  • 重心の移動
  • 関節の動き

などを把握しにくいことがあります。

動画で記録しておけば、必要な瞬間を後から確認することができます。

スタジオで撮影する場合には、三脚や照明機材なども必要になります。

スタッフによる介助動作の制作資料用撮影
スタッフによる介助の制作資料用撮影
スタジオで使用する撮影機材の配置例
スタジオにおける撮影機材

6  フレーミング(Framing)

フレーミングとは、本来「枠をつける」「囲む」といった意味です。

写真やイラストでは、どこまでを画面に入れ、何を見せ、何を省くのかを決めることを意味します。

医療イラストでは特に重要な考え方です。

描こうとしているテーマに対して、

  1. 最も重要なもの
  2. 理解のために必要なもの
  3. 補助的に見せるもの
  4. なくてもよいもの

というように、各要素の優先順位を決めます。

情報を追加すればするほど分かりやすくなるとは限りません。

むしろ、重要でない構造を省略した方が、伝えたい内容が明確になることもあります。

医学的な正確性を保ちながら、どこまで見せ、どこから省略するかを判断することも医療イラストレーターの仕事の一つです。

縦位置・横位置

画面を縦位置にするか、横位置にするかも重要です。

単体の対象が明らかに縦長、あるいは横長であれば、それに合わせればよいでしょう。

一方、身体の一部、背景、複数の構造などを一つの画面に配置する場合には、

  • 横位置:安定感や広がりを表現しやすい
  • 縦位置:高さや上下方向の流れ、奥行きを強調しやすい

といった特徴を考慮して決めます。

医療イラストは、書籍、医学雑誌、学会発表、Webサイトなど、何らかの媒体に掲載されることが多いため、実際には掲載スペースも重要な条件になります。

掲載媒体から縦横比やサイズを指定されている場合には、制作の初期段階からその条件を考慮して画面を設計する必要があります。

フレーミングによる画面内要素の強弱と省略の例
フレーミングと各要素の強弱や省略

7  医療イラストだからできる画面作り

イラストレーターと制作依頼者との打ち合わせで、「画角」や「焦点距離」といった写真用語を直接使うことは、それほど多くありません。

しかし現在では、ほとんどの人が日常的にスマートフォンやカメラで写真や動画を見ています。

そのため私たちは知らないうちに、

「近づいて見た画面」
「遠くから眺めた画面」
「広角的な画面」
「望遠的な画面」

といったカメラ的な見方に慣れています。

医療イラストを制作する側も、写真やカメラの基本的な考え方を知っておくことは有用です。

ただし、医療イラストの目的は現実を写真のように再現することではありません。

医学的な情報を、正確に、分かりやすく伝えることです。

必要であれば、現実には一つの視点から同時に見ることのできない構造を組み合わせたり、形や位置関係を整理したりすることもできます。

そこに、写真とは異なる医療イラストならではの「画面作り」があります。