メディカルイラストレーターのための「取適法」

2026年1月1日、「下請法」と呼ばれてきた法律が改正され、「取適法(とりてきほう)」として施行されました。

正式名称は「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」、略称は「中小受託取引適正化法」です。

名前だけを見ると、製造業や大企業と下請企業との取引を対象とした法律のように思えるかもしれません。しかし、対象となる「情報成果物」には各種デザインなども含まれており、条件によってはイラストレーション制作も関係します。

フリーランスや小規模な制作会社として仕事をするメディカルイラストレーターにとっても、知っておきたい法律です。

メディカルイラストレーターのための「取適法」

「下請法」から「取適法」へ

従来の下請法は、発注者と受注者の取引において、立場の強い発注者による代金の支払遅延、減額、買いたたきなどを防止し、受注する中小事業者を保護することを目的としていました。

2026年1月の改正では、法律の名称だけでなく、「親事業者」「下請事業者」「下請代金」といった用語も見直され、「委託事業者」「中小受託事業者」「製造委託等代金」などの表現になりました。

また、適用基準に従業員数が加えられ、価格協議に適切に応じないまま一方的に代金を決める行為や手形による支払いが禁止されるなど、取引の適正化が強化されています。

メディカルイラストも対象になる?

取適法では、ソフトウェア、映像コンテンツ、各種デザインなどを「情報成果物」として扱っています。

したがって、医学書や雑誌、Webコンテンツなどに掲載するイラストを制作会社が受注し、その制作の全部または一部を別のイラストレーターへ委託するといった取引は、「情報成果物作成委託」に該当する可能性があります。

ただし、ここで注意が必要です。

「企業や大学からイラスト制作を依頼されたから、必ず取適法の対象になる」というわけではありません。

取適法が適用されるかどうかは、

  • 発注者と受注者の資本金や従業員数
  • 発注者がどのような事業を行っているか
  • 何を目的としてイラストを制作するのか
  • その制作をどのような形で外部へ委託するのか

などによって判断されます。

例えば、自社で使用する情報成果物の制作を外注する場合でも、その会社が同種の情報成果物を自ら業として作成しているかどうかなどによって扱いが異なります。

そのため、「出版社からの依頼だから対象」「病院からの依頼だから対象」と発注者の業種だけで判断することはできません。

発注するときには、取引条件を明確にする

取適法の対象となる取引では、委託事業者は発注時に給付の内容、代金額、支払期日などの必要事項を明示しなければなりません。

これはメディカルイラストの実務でも非常に重要なことです。

例えば制作を始める前に、

「心臓手術の術式図を3点制作する」
「初稿は○月○日」
「制作費は○○円」
「納品形式はIllustratorおよびTIFF」
「使用目的は○○誌掲載」
「修正は○回までを制作費に含む」

といった条件をできるだけ具体的に決めておけば、後のトラブルをかなり防ぐことができます。

法律の適用の有無にかかわらず、これは発注者、イラストレーター双方にとって有効な方法です。

発注するときには、取引条件を明確にする

「修正」はどこまで制作費に含まれるのか

メディカルイラストの仕事では、一般的なデザイン業務以上に修正が発生します。

解剖学的な修正、術式の変更、共著者からの指摘、投稿先ジャーナルからの修正要求など、その理由もさまざまです。

問題になるのは、当初想定していた制作内容を大きく超える修正が、当然のように当初の制作費の範囲内で要求される場合です。

取適法では、中小受託事業者に責任がないにもかかわらず、発注内容の変更ややり直しをさせ、その費用を負担させる行為が問題となる場合があります。

もちろん、イラストレーター側の誤りを修正する場合と、発注後に発注者の都合で内容そのものを変更する場合とは区別する必要があります。

そのため当社では、見積りや発注の段階で制作範囲をできるだけ明確にすることが重要だと考えています。

「修正」はどこまで制作費に含まれるのか

「予算がないので、この金額で」は?

イラストレーターにとって、もう一つ身近なのが制作価格です。

取適法では、通常支払われる対価に比べて著しく低い額を不当に定める「買いたたき」が禁止されています。

さらに2026年の改正では、中小受託事業者から価格について協議を求められたにもかかわらず、発注者が協議に応じなかったり、必要な説明をしなかったりして、一方的に代金を決定することも禁止されました。

これは「受注者の希望価格で発注しなければならない」という意味ではありません。

価格について、発注者と受注者がきちんと協議することが重要だということです。

メディカルイラストは、単純に「イラスト1点」という単位だけでは制作費を判断しにくい仕事です。必要となる医学的知識、資料調査、表現方法、描画時間、修正、使用目的などによって必要な作業量は大きく異なります。

制作内容を確認したうえで見積りを提示し、必要であれば価格について話し合う。この当たり前のプロセスが、法律上も一層重視されるようになったと考えることができます。

支払いは「受領から60日以内」が原則

取適法の対象となる取引では、発注者は成果物を受領した日から起算して60日以内のできるだけ短い期間内に支払期日を定めなければなりません。

ここで重要なのは、「発注者の社内で検収が終わった日」や「そのイラストを掲載した論文が出版された日」から60日という意味ではないことです。

メディカルイラストでは、論文投稿から採択・出版まで数か月以上かかることも珍しくありません。そのため、制作費の支払いを論文の採択や出版と結び付けることは、制作契約としても慎重に考える必要があります。

また、2026年1月以降に発注された取適法対象取引では、手形による支払いは禁止されています。

支払いは「受領から60日以内」が原則

著作権についても発注時に確認する

メディカルイラストの場合、制作費と並んで重要なのが著作権です。

「イラストを制作して納品すること」と「著作権を譲渡すること」は同じではありません。

取適法でも、中小受託事業者に発生する知的財産権を発注者へ譲渡したり利用許諾したりする場合、その譲渡・許諾の範囲を発注時の取引条件として明示する必要があります。

したがって、

  • 論文への掲載だけなのか
  • 書籍やWebにも転載するのか
  • 学会発表や講演資料にも使用するのか
  • 著作権そのものを譲渡するのか

などについて、制作前に確認しておくことが大切です。

「制作費を支払ったのだから、どのように使ってもよい」という考え方は、著作権の取扱いとして適切とは限りません。

法律以前に「曖昧な発注をなくす」

取適法について調べてみると、細かな適用条件や禁止事項が数多くあります。

しかし、メディカルイラストレーターの実務という視点から見ると、もっとも大切なことは比較的シンプルだと思います。

制作を始める前に、仕事の内容と条件を明確にしておくことです。

制作内容、制作費、納期、修正の範囲、支払期日、使用目的、著作権の取扱い。

これらを見積書、発注書、メール、契約書などの形で残しておくことは、イラストレーターを守るだけではありません。発注者にとっても、「どこまで依頼したのか」を確認できるため、結果として双方のトラブル防止につながります。

取適法は、発注者と受注者のどちらか一方を敵対的に捉えるための法律ではなく、適正な取引条件のもとで仕事を行うためのルールとして理解するのがよいのではないでしょうか。

メディカルイラストレーションは、医学と表現技術の双方に専門性を必要とする仕事です。

その専門性に見合った適切な発注と契約、そして適切な対価が定着することは、メディカルイラストレーターという職業を持続可能なものにしていくうえでも重要だと考えています。


※本稿は2026年9月時点の公正取引委員会の公表資料をもとに、メディカルイラストレーションの実務との関係を一般向けに整理したものです。個別の取引に取適法が適用されるかどうかは、発注者・受注者の規模や取引内容などによって異なります。

参考

公正取引委員会「取適法(中小受託取引適正化法)」
公正取引委員会「取適法の概要」
公正取引委員会「よくある質問コーナー(取適法)」